生きているとは?:リレーエッセイ「続時間の風景」(MedicalTribune 2005年6月16日掲載)

医療法人ナカノ会 理事長
ナカノ在宅医療クリニック 院長
中野 一司


 「生きているとは、どういうことか?」というのが、子供の頃からの疑問である。最近の少年犯罪で、「ヒトの死をみてみたかった」という動機と好奇心の起源は一緒だろう。ただし、ヒトを危めたりしないのが大きな違いである。子供なら、誰もが抱く疑問かも知れない。
 1971年、高校に入学し、化学を学び、この世の中の物質(分子)は原子よりなり、また全ての原子は陽子と中性子、電子の組み合せよりなることを知った。また、物理学ではニュートンの運動方程式に代表されるように、全ての運動は因果率にて説明できることを知った(F=ma)。これらのことより、宇宙に存在する物質は全て陽子、中性子、電子の組み合わせよりなり、生物と無生物の違いはこれらの組み合わせ、即ちエネルギー状態の違いにすぎないことを知った。そして、人間の行動は、最終的には微分方程式で記述される性質のものであるだろう、と考えた。
 高校卒業後、医学部を志望したが、成績が悪く、不合格の連続。(高校の進学係りの先生には2年浪人しても医学部には合格しないだろうと言われたが、さすがにその道のプロのお言葉。その通りになった。)医学部志望の動機は、ヒトの命を助けたいという思いの他、解剖学実習などで、ヒトの死が合法的に実感できるというものだった。
 1976年には、2年浪人後、東京理科大学薬学部に進学した。ここでは、前半大いに遊んだ。酒、マージャン、パチンコ、競馬と大いに遊び(不思議に女性には縁がなかった)、1年留年した結果、「はて、どのように生きようか?」と考えた。まじめにマージャンのプロを目指そうかとも考えたが、リスクが大きすぎる。今までの自分の歴史から、学問でメシを食うしかない、と悟った。理科大時代の後半は、本当に良く勉強した。生化学、生物物理学、分子生物学を学んだ。なるほど生命は、DNA、RNA、プロテインからなり(セントラルドグマ)、それらの全体的な挙動を示す物理学である熱力学や量子力学、統計力学を学び、「生命は開放系であり、エネルギーを代償することで、秩序を維持するシステムである」ということを知り、何となく生命というものが分かったような気になった。しかし、なんとなくしっくりしない。
 そして、1981年に、鹿児島大学医学部に再入学した。理科大時代後半の猛勉強のお陰で、受験勉強ほとんど0で、医学部合格が実現できた。医学部でのテーマは、「What is a life?」であった。学生時代は、基礎医学、生化学や生理学、薬理学、病理学、分子生物学、本当に全ての学問が楽しくて、楽しくて、仕方なかった。授業をサボる同級生をみながら、何と勿体ないことか?と考えた。で、臨床医学にはいると、とたんに授業が面白くなくなってきた。
 しかし、せっかく医学部に入ったのだから、せめて緊急時に「医者を呼べ」というような医師にならないように、また必要最小限の食い扶持をつなぐために、まず臨床医学を研修しようと考え、1987年に鹿児島大学医学部第3内科に入局した。第3内科は、神経内科が専門であるが、神経内科専門医になる気はない(どうせ医師になるなら、今で言うプライマリ・ケア医を目指したかった)が、OKか?と主任教授にお尋ねしたらOKということで、研修一年目には、鹿児島大学医学部救急部で研修させていただいた。救急の現場は、尼崎の列車事故ではないが、朝元気で出かけた青年が、夕方は冷たくなって帰る世界である。「生きているとは何か?」を再び、別の角度から考えさせられる機会であった。
 1995年には、鹿児島大学医学部付属病院検査部に5年間所属し、HIPOCLATES、PLATON、GALIREOという3つの検査部内システム(総額10億円ほど)の構築に従事した。これらのシステムは、病院内電子カルテシステムの一翼を担うものであった。検査部時代の仕事は楽しかったが、検査部内のシステムにとらわれず、地域全体に新しい医療システムを構築したいという想いと、医療(検査ではなく)の現場に戻りたいという激しい郷愁が複雑に絡み合い、1999年のナカノ在宅医療クリニックの開業に至った。
 在宅医療は楽しい。在宅医療(介護)は、診療所、病院、訪問看護ステーション、ホームヘルパーステション、介護施設など、様々な医療(介護)サービスが連携するチーム医療である。
 医師になって、救急医学(医療)を研修して、「なるほど人は死ぬものだ」と実感できた。しかし、「生きているとはどういうことか?」についての解答は得られなかった。私とコンピュータとの付き合いは、鹿児島大学に再入学したころからのもので約25年になるが、本格的に付き合うようになったのは、検査部でコンピュータの仕事をしたときからである。そして、コンピュータと付き合う中で、複雑系という存在を知った。
 複雑系の本を見た瞬間、これこそが私の求めていたものだと、目からウロコが落ちた。即ち複雑系こそが、生命を解くカギだと考える。複雑系においては、各要素そのもの(要素還元主義)より、その各要素間の関係性が重要で、人体そのものが各細胞を要素とした複雑系である。在宅医療も、診療所や訪問看護ステーション、また患者、家族など、各要素(プレイヤー)から構成される複雑系である。複雑系では、ニュートン力学の因果律とは違い、初期値がちょっと違えば結果は大いに異なるみたいである(北京で蝶が舞えば、ニューヨークでハリケーンがおきる)。どうも生命とは(生きているとは?)、高校生のころ考えたように、何が何々だから結果はこうなるというきちっとしたもの(因果律)ではなく、人生なるようにしかならないというかなりいい加減なもののようである。

リレーエッセイ「続時間の風景」(MedicalTribune 2005年6月16日掲載)