ナカノ在宅医療クリニック実習感想
鹿児島大学医学部医学科6年 加藤 基
初日 5月7日(水)
当初,在宅医療は私にとって遠い存在であった.幸いながら家族や親戚に在宅看護,医療などを利用している者はいなかったし,普段の実習が大学病院等の大きな施設においてなされることが多かったからだ.かといって在宅医療に関して全く無知だったわけでもない.後期高齢者医療制度やDPCの導入など今の医療界に政府が手を加え,医療の崩壊や再構築といわれるのは知識としてあった.自分の家族や自分自身が末期癌を宣告されたとしたら,きっと家で最期の時を送りたいと考えてもいた.ただ,実感としてわかなかった.
中野先生の講義を拝聴してから2年以上が経ち,どっぷりと病棟での医療に染まっていた私にとって,訪問診療は衝撃であった.大病院の病棟で見たことないほどの患者家族の満足そうな笑顔.特に午後に伺った看取り後の遺族は感動的ですらあった.
医療を学んでいて,「患者の死は医療の敗北だ」と感じることがある.治療方針が間違っていたのではないか,何かまだできることがあったのではないか.自問することもあると思っている.しかし患者自身の納得の上での自宅で迎えるターミナルは,24時間医師が対応してくれるという安心感からか,満足感に満ちたもののように思えた.末期肺癌で80台にして亡くなられた方の残された奥様が,「こんなに良くしてくださってありがとうございます.ここに(お参りに)来る人たちにも言うんです,こんなに素晴らしい最期を送らせてくださったところがあるって.」
中野先生のレクチャーにて,医療のパラダイムチェンジが起こっていると聞いた.今までの医療では高齢者の慢性期疾患に対応しきれない.これまでの医療は患者の疾患を治療することに焦点が当たっていたのに対し,これからは慢性期の病気を再発・悪化させない医療,つまり予防医療に重点が置かれる.QOLを高め,満足度の高い医療を行うという観点でも在宅の必要性は高まっているように実感した.
2日目 5月8日(木)
訪問看護について看護師についてまわり,体験した.体を拭いたり,点滴をとったり,病棟において1時間もかけていたら決して仕事が回らないであろうことだが,家族とのコミュニケーションを深めながら行っていく.昨日学んだ,高齢者の医療は障害者に対する医療と同じくして介護が必要となるゆえんを見た気がした.一日世話してくださった看護師さんはこれだけ家族とかかわれることに,他の大病院での看護と違った魅力を感じているという.経験を積んで一人で一通り出来る看護師にとって病棟の忙殺される業務よりは,ひとりひとりの患者,患家とかかわれる点で魅かれることが分かった.
ナカノの訪問看護の特徴について尋ねてみると,患者が担当制ではなくどの看護師であっても対応できるシステムをとっている点だという.はじめ私は患者にとっては担当制のほうが安心できるのか,と思っていたが,ひとりに見てもらうよりも複数に見てもらうことによるメリットは大きいという.ケアの仕方についてお互いに話し合い,高めあえるし,担当が緊急に対応できない時などのフォローにもつながっている.
午前二件目は脊髄梗塞の患者のデイケアへの導入カンファだった.昨日の体験同様,他業種,ケアマネージャーやデイケアスタッフとのコミュニケーションは慎重を必要とすることが多い.のちに責任問題が生じる恐れがあるし,自分の担当患者を後憂なく送り出したいからであろう.中でも私は,患者本人やその家族を含めて進めていく方針に感心した.患者にとって自分の健康には少なからず興味があり,それに対してどのような方針がとられているのか,これからどういったケアが受けられるのかは透明にしてほしい問題である.情報の共有や質問によるお互いの職種や担当分野に関する知識の相互上昇効果もはかれ,非常にいいシステムだと思った.
午後には新患への導入があり,患者,家族への説明の仕方,在宅医療の髄を見た気になった.95歳で上腹部痛を主訴としている女性だが,癌かもしれないという.検査を拒否し,在宅にて対応してほしいという方であったが,これこそまさに病院においては見られないことだと思う.癌を否定,もしくは確定するために検査を行い,必要に応じて化学療法,放射線療法,手術の適応を決定し,実施していく場所.それが病院であるのに対し,在宅では初めから「死ぬまでずっと家で診ていくから」とターミナルに向けて,患者の時間の質向上を目指す.同じ検査をして癌を確定するにしても,病院のそれが治療方針の決定を目的にしているのに対し,在宅医療では疼痛コントロールの方針決定が目標となる.24時間緊急時に対応できるシステムをとっていることもあって,とても満足そうな家族をみて,暖かい医療の形に触れた気がした.
二日間の実習を終えて,先生,看護師,事務の方々のおかげで非常に有意義な時間を送れたことに感謝している.ナカノ在宅医療クリニックはその端々で,より良くしようというスタッフの思いが感じ取れて,気持ちのいいものだった.医療再生が目指す,かかりつけ医の姿は,言葉で理解できたとしても体感することは難しい.患者や家族の満足とともに,家で看取ることを目標にしたプライマリケアの実際を実感できたことは,何よりも得難い経験であった.これからの医療を担う者として,プライマリの重要性,在宅医療の可能性について,学び考える大きな機会でもあった.ありがとうございました.